新型コロナウイルスが及ぼす刀剣界への影響

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アーカイブ ※この記事は2020年5月15日に発行されたものです。

新型コロナウイルスが依然猛威を振るっている。

アメリカのトランプ大統領はピークは過ぎたと発言したが、同国政府の医療責任者の見方はまた異なり、第二波の感染ピークが襲ってくるかもしれないと警鐘を鳴らしている。また、WHO(世界保健機関)の事務局長は、感染が拡大傾向にあるこのコロナウイルスについて、「ほとんどの国はまだ流行の初期段階にある」と述べ、さらに「ウイルスは長い間留まり、収束するまでの道のりは間違いなく長くなるだろう」と予測している。

わが国においても感染者は増え続け、政府は四月七日と十六日、緊急事態宣言を発令し、密閉・密集・密接を避け、外出を七割から八割削減するよう国民に求めた。しかし、四月下旬の段階では削減目標には達しておらず、数値上では感染拡大のピークは過ぎたとはいえ、外出の制限や企業活動に対する休業要請が確実に実践されない限り、収束への見通しを立てるにはまだかなりの時間を要することであろう。

この『刀剣界』が組合員の手元に届くころには、ゴールデンウイークでの外出自粛の効果が表れ、感染者が劇的に減少していることを願わずにはいられない。しかし、ゴールデンウイーク明けの収束は厳しいとの見方もあり、まさに「長い道のり」となることが予想される。

このコロナ禍による全世界の被害は、感染による生命の危機に加え、感染拡大を防止するための経済活動の抑制による被害も同等に甚大である。今回の景気悪化を世界恐慌やバブルの崩壊、リーマン・ショック、東日本大震災に比較して論じられることが多いが、それらとは性質が全く異なり、このコロナ禍による経済的被害は、感染拡大を防ぐために強制的に経済活動を止められた結果に他ならない。

新聞は原油価格がどうの、金利や株価がどうのと報じ、テレビは売り上げ不振で家賃が払えない飲食店を多く取り上げているが、経済的危機に直面している我々小事業主の刀剣商にとっては、新聞が報じる世界の経済事情やテレビに映る商店街の様子などよりも、自分の商売の現状と先行きへの不安が最大の関心事である。

東京都の自主休業の商五十万円、政府の事業者に対する持続化給付金として法人二百万円、個人百万円、また国民一人につき十万円給付等の施策や休業補償などへの関心に増して、ひたすら自分の商売を回復したいという思いだけでこの時期を過ごしている人が大半であろう。百貨店の売上が三三%の減少、旅館やホテルのキャンセルが相次いでいるという報道も、ゼロに近い経済活動を強いられている刀剣商にとっては、特別同情すべき現象とは受け取れないし、「オンライン」や「テレワーク」の業務形態を採れる者も多くはないはずである。

このコロナ禍の下で、われわれ刀剣商の活動を阻害し、切迫した状況にまで追い込んだ要因としては、二つが挙げられよう。店舗が休業要請の対象となり、来客の応対はもちろん、出勤さえままならない実質休業状態を余儀なくされていることによる営業不振。二つ目は、店舗による対面営業とは別の、刀剣商にとって一方の商売の要である業者間の交換会の休止であろう。

交換会は多くの人が集まる場所が必要であるが、貸会場が封鎖されており、会場に足を運ぶ外出も制限されている。さらに、交換会こそ密集・密接となるため感染リスクもある。というわけで、個々の業態によっては死活問題でもある交換会の休止は、おそらく幕末・明治以来、刀剣商売の歴史の中でかつてなかったであろう負の出来事である。

交換会を、例えばマスクを着用し競り売りを入札に変更する、欧米のオークションのようにオークショニア一人のみが発声し買い手は無言で挙手する等、感染のリスクを減らす方法がいくつか考えられるが、感染拡大を食い止めることができるか否かの瀬戸際にあるとされる今の状況では、いずれもベストな方法とはなり得ない。

このように二つの大きな要因によって我々の経済活動は停滞しているが、この渦中で悲壮感不満感に苛まれ、商売の行き詰まりを案じることにほとんどを費やした三月・四月を経て、今我々の心は次第に事業の維持よりも、生命の維持に比重が増していくことを感じざるを得ない。万事、命あってのものなのである。

刀剣商として今日ある前に、過去に大変な辛苦を味わった人もあろうが、生命の危機に晒されるようなことはなかったはずである。たとえ大きな失敗をしても命までは取られなかったから、今があるのである。この禍は世の中すべての人々に甚大な被害をもたらしており、我々の身の上にだけ降りかかっているものではない故に、今は、命を大切にいかに耐えるかの時期であり、健康を維持してこの苦境を乗り切れば、商売の遅れはいくらでも取り返せるのである。

この未曽有の禍に直面しているすべての業種の中で、我々刀剣商は終息後の回復が最も早く望める業界であると言える。何故ならば、業界のインフラにはいささかの揺らぎもないからである。すべて今まで通りのものが存在し、何も損なってはいない。刀がなくなり、愛好家がいなくなったわけではない。刀にも鐔にも何の変わりもない。

この禍の中で、愛好家は刀を見に行くことが叶わず、刀剣商は商売に出掛けることや、交換会に出ることを著しく規制されているだけである。刀剣業界は決して不景気でもなく、不況でもない。景気を抑制されているだけである。

今、このように外出することを制限されている時でも、刀剣関係職方は日々変わりなく稼働している。日頃は忙しく動かしている刀剣などの、鎺・白鞘・研磨・拵製作等の工作に出すチャンスでもある。手をこまねいて嘆くだけでは何も生かされない。この禍が治まった後にいち早く復興を遂げるために、今すべきことはあるはずである。

すぐに元通りの商売に取りかかれるのは、我々の商売の強みである。今は命を最優先に考え、我々自身と、我々の業界の可能性を信じ、一日も早い回復を目指そう。

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