熱田神宮刀剣奉納奉賛会の取り組み

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アーカイブ ※この記事は2016年7月15日に発行されたものです。

七月九日から十一日にかけて、熱田神宮において刀剣とその製作技術の奉納が行なわれた。毎年、七夕に近い日を選び行われてきた奉納は、今年で十九回を数える恒例行事である。

熱田神宮刀剣並びに鍛錬・研磨・白鞘・ハバキ技術奉納奉賛会(以下、熱田神宮刀剣奉納奉賛会)は、高山武士会長の主導のもと、作り上げた刀剣とその技術を奉納することによって、日本刀という日本の文化を後世に伝承するという趣意で奉納を続けてきた。熱田神宮の本殿前、つまり草薙の御剣の御神前で行われるこの奉納は、昨今の需要に合わせた、いわゆるデモンストレーション的な公開鍛錬ではなく、刀と真摯に向き合い奉納するという神事の一つなのである。

奉仕者である刀匠たちは、熱田神宮の境内に参籠し、心身を清める。今年の奉納刀匠に選ばれた石田四朗國壽刀匠(群馬県)は、万全の準備を整え、この日に挑んだ。

奉納刀匠を支える奉仕者として福島県の藤安将平刀匠、岡山県の横井彰光刀匠・満足浩次刀匠、愛媛県の藤田國宗刀匠、埼玉県の上畠宗泰刀匠、京都府の中西将大刀匠、およびその弟子たちが集まった。

前日の八日、熱田神宮境内に仮設の鍛錬場を設ける。ふいご・火床・金床などを用意する。金床の重さは百キログラムを超え、扱いは容易ではない。

そして、九日朝八時、奉仕者たちは潔斎をし、白衣・白袴と麻浄衣に着替え、神職に導かれ境内を参進する。本殿にたどり着き、御垣内参拝をした後に、御神火を頂き、作刀に入る。

梅雨真っ盛り、熱田の夏は暑い。時折降る雨が気化し、敷き詰められた参道の砂利から蒸気が立ち上る。水分補給を怠れば、すぐに熱中症になってしまう。普段の仕事場とはまるで違う環境、さらに参拝者に囲まれての作業となれば、その緊張感は相当のものであろう。

熱田神宮の境内に、清らかな鎚音がこだましてゆく。時折、その火花の激しさに歓声が沸き上がる。鋼の塊は刀匠たちの振り下ろす鉄槌で徐々に延ばされていき、造り込みまでの工程を終えて、初日は無事に終了した。

二日目、素延べ、火造りと工程は順調に進む。午後からは神事の一環として、芳名録にご署名いただいた上で、希望する一般の方々も奉仕者となり、余鉄をもって向鎚に参加できる。毎年来ているという方もいる。鎚打ちをした後は、皆それぞれが清々しい表情をされる。今年は当会の副会長で、元プロレスラーの前田日明氏も向鎚に参加された。

奉納向鎚の音が響く中、石田刀匠が少し離れた場所で土置きを始める。細かい作業だが、各刀工による差が目に見えてわかるため、興味深い。

日没を待って、焼入れが行なわれた。厳粛な空気の漂う中、石田刀匠の動きを見守る。今回は火床を使わず、田楽で行なう。闇に際立つのは、パチパチと弾ける炭と、うちわの音だけだ。

刀身を赤めてから数分、石田刀匠が動いた。シューッという音とともに、蒸気が上がる。七、八百度という高温から急速冷却される。

砥石を当て、焼きを確かめる。会長から講評があり、成功の結果に拍手喝采が上がり、無事に二日目の工程も終了した。

最終日の十一日、鍛冶押し、茎仕立ての後、いよいよ銘切りである。日ごろから、特に新刀や新々刀であれば銘ぶり、鑢のかけ方が気になるわれわれだが、石田刀匠は迷いのない鏨運びで銘を切る。

すべての工程は終わった。潔斎し、奉仕者全員が麻浄衣に着替え、御垣内参拝を済ませ、神楽殿へ向かう。社殿の中では巫女が神楽を踊り、神職が雅楽を演奏し、祝詞を上げる。そして、三日間に渡った奉納は無事に終わりを迎えた。

普段は一振に何週間もかけて作り上げるというのに、この神事ではわずか三日間で銘切りまでしてしまう。八月には、引き続き研磨・白鞘・ハバキなどの技術奉納を行い、十一月にすべてを仕上げ本奉納となる。

日本刀が出来上がるまでの工程を一貫して見学でき、一般の見学の方もまた奉仕者として神事に参加できるという場は稀有である。このような活動を通して、日本刀に対する理解者が増え、伝統が守られることを切に願う。

■なお、当会の活動は、この奉納の趣旨にご理解をいただき、刀剣文化の普及啓蒙活動をご支援くださる一般の会員と企業会員によって支えられています。詳しくお知りになりたい方は、左記までご連絡をお願いします。

(熱田神宮刀剣並びに技術奉納奉賛会事務局・大平将広 ☎〇三-三三八一-三〇七一)

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