村正作品の全容が郷土で明らかに

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アーカイブ ※この記事は2016年11月15日に発行されたものです。

村正の名品がこれほど数多く見られた展覧会はなかったであろう。九月十日から十月十六日まで、三重県の桑名市博物館にて「村正―伊勢桑名の刀工」が開催された。キャッチコピーに「刃文にやどる『妖刀』の虚と実」とある。

太刀・刀が七点、短刀(寸延び短刀を含む)が十二点、剣が一点と、村正だけでも合計二十点が展示された。

特筆すべきものとしては、戊辰戦争時に有栖川宮熾仁親王が節刀として佩用し、後に高松宮家に所蔵された村正(刀剣博物館蔵)、皆焼刃の見事な村正(徳川美術館蔵)、「勢州桑名住村正」銘で腰に梵字と腰樋のある刀(東京国立博物館蔵)などが素晴らしい。

裏年紀のある作品として、神館神社蔵の太刀と剣(いずれも三重県指定文化財)は、村正自身が奉納したものと思われ、ともに刀身に「神立」の彫物がある。銘文は「勢州桑名藤原朝臣村正作/天文廿二年九月吉日)とある。

桑名市には、わが国で一番騒がしいお祭りと言われ、毎年八月に開催される石取祭がある。そのお祭りが「春日さん」の愛称で市民に親しまれている桑名宗社である。ここには春日大明神(中臣神社の別称)と三崎大明神(桑名神社の別称)の二柱が祀られている。

この神社に村正が奉納した二振の太刀(いずれも三重県指定文化財)が今回展示された。二振とも「勢州桑名郡益田庄藤原朝臣村正作/天文十二天癸卯五月日」と全く同銘であり、それぞれの刀身佩表に「春日大明神」「三崎大明神」と彫られている。「桑名郡益田庄」と居住地が記されているのも貴重である。

ほかに短刀は熱田神宮蔵のものが多く出品され、さまざまな作風が参考になった。

村正以外では、千子正重・正真・藤正や、江戸後期桑名藩のお抱え刀工となった固山宗次、桑名住の三品広房など幅広く展示され、刀装具類では桑名鐔が数多く出品されていた。

少し時間があったので、会場から車で十分ほどの所にある村正の屋敷跡を訪ねてみた。走井山と言う小高い丘の麓にあり、昔は湧き水が豊かだったそうだが、今はマンションが建っていた。

走井山からは揖斐川や木曽川の河口堰が見渡せ、眼下には東海道の玄関口として栄えた「七里の渡し」も見える。昔、桑名という地は水路・陸路両方にわたって交通の要所であったことが、実際この目で見てわかった。

村正展を拝見して、村正の作風・時代・居住地・風土などから、点と点が結びついて線になったような気がする。

今回、東京国立博物館をはじめとする多くの美術館、熱田神宮ほか郷里の神社等々の協力があって素晴らしい展覧会が開催されたことと思う。企画・運営に当たられた桑名市博物館の並々ならぬ努力にも深く敬意を表したい。

全国にある郷土博物館が郷土の刀工に関心を持たれ、日本刀の普及に尽力されることも併せてお願いしたい。

「村正」展の開催に当たって同館から図録も発刊された。すべて写真版で掲載され、銘ぶりや作風がはっきりわかり、参考になる。巻末の福井款彦氏による「村正論」も勉強になる。

■桑名市博物館
〒511-0039
桑名市京町三七 ☎〇五九四-二一-三一七一

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