上林恒平 (本名:上林勇二)

刀匠「上林恒平」(かんばやしつねひら)は、1949年(昭和24年)に山形県東田川郡で生まれました。1967年(昭和42年)に山形県立鶴岡工業高校を卒業したのち、重要無形文化財保持者である宮入行平(みやいりゆきひら)に師事。

1973年(昭和48年)に文化庁の作刀認証を受け、同年の新作名刀展での努力賞をはじめ、奨励賞・文化庁長官賞・高松宮賞・薫山賞など数多くの受賞を果たしました。そして、1985年(昭和60年)に36歳で無鑑査刀匠に認定されます。

作風としては五箇伝のうち、軽量ながらも強度が高いことで知られる相州伝を得意とし、師匠の行平と同じく重要無形文化財保持者である柳村仙寿(やなぎむらせんじゅ)から学んだ芸術性の高い刀身彫刻を数多く残しています。

1986年(昭和61年)、山形市大字長谷堂に自身の鍛刀場を開設。高橋恒厳(たかはしつねよし)や「加藤慎平」(かとうしんぺい)ら、次世代の優れた刀匠を輩出。

また、自身も2008年(平成20年)に山形県重要無形文化財に指定されており、2018年(平成30年)に行なわれた「嘉納治五郎(かのうじごろう)師範 没後80年式典・偲ぶ会」では、式典のために特別に作刀した3振に加え、演舞用3振の合計6振の日本刀(刀剣)を奉納しました。

様々な展示会で恒平作の日本刀(刀剣)を目にすることができる他、本人もイベントで鍛錬の実演を積極的に行なうなど、日本刀(刀剣)文化の普及活動に取り組んでいます。

嘉納治五郎師範 没後80年式典・偲ぶ会嘉納治五郎師範 没後80年式典・偲ぶ会
「嘉納治五郎師範 没後80年式典・偲ぶ会」が行なわれ、東建コーポレーションから特別に制作された日本刀(刀剣)が公益財団法人 講道館へ献納されました。

上林恒平が制作した刀剣

刀 銘 長谷堂住恒平作 平成二十九年三月日
刀 銘 長谷堂住恒平作 平成二十九年三月日
長谷堂住恒平作
平成二十九年
三月日
鑑定区分
未鑑定
刃長
74.3
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
刀 銘 露 上林恒平作
刀 銘 露 上林恒平作
露 上林恒平作
鑑定区分
未鑑定
刃長
-
所蔵・伝来
個人蔵
刀 銘 長谷堂住恒平作 平成三十年四月日
刀 銘 長谷堂住恒平作 平成三十年四月日
長谷堂住恒平作
平成三十年
四月日 優勝
全日本柔道選手権大会
鑑定区分
未鑑定
刃長
71.5
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
刀 銘 羽州長谷堂住上林恒平
刀 銘 羽州長谷堂住上林恒平
長谷堂住恒平作
平成三十年
五月四日
嘉納治五郎師範没後八十周年
鑑定区分
未鑑定
刃長
70.9
所蔵・伝来
東建コーポレーション →
公益財団法人
講道館 献納刀
刀 銘 上林恒平作 平成三十年六月吉日
刀 銘 上林恒平作 平成三十年六月吉日
長谷堂住恒平作
平成三十年
六月吉日
鑑定区分
未鑑定
刃長
71
所蔵・伝来
個人蔵
刀 銘 長谷堂住恒平作 令和元年七月吉日
刀 銘 長谷堂住恒平作 令和元年七月吉日
長谷堂住恒平作
令和元年
七月吉日
鑑定区分
未鑑定
刃長
-
所蔵・伝来
個人蔵
脇指 銘 長谷堂住恒平作
脇指 銘 長谷堂住恒平作
長谷堂住恒平作
平成二十九年
十二月日
鑑定区分
未鑑定
刃長
52.9
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
脇指 銘 羽州上林恒平
脇指 銘 羽州上林恒平
長谷堂住恒平作
平成三十年
五月四日
鑑定区分
未鑑定
刃長
55.6
所蔵・伝来
東建コーポレーション →
公益財団法人
講道館 献納刀
短刀 銘 長谷堂住恒平作
短刀 銘 長谷堂住恒平作
長谷堂住恒平作
平成二十九年
十二月日
鑑定区分
未鑑定
刃長
23.2
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
短刀 銘 羽州上林恒平
短刀 銘 羽州上林恒平
長谷堂住恒平作
平成三十年
五月四日
鑑定区分
未鑑定
刃長
25.8
所蔵・伝来
東建コーポレーション →
公益財団法人
講道館 献納刀

山口清房 (本名:山口武)

「山口清房」(やまぐちきよふさ)は、1932年(昭和7年)に岩手県で生まれました。

1952年(昭和27年)に父親の家業である鍛冶屋を継ぎ、包丁やカンナ、ハサミなどを作っていましたが、1966年(昭和41年)に重要無形文化財保持者である「隅谷正峯」(すみたにまさみね)に師事。3年後の1969年(昭和44年)に文化庁の作刀認証を受け、刀匠として作刀を開始しました。

1972年(昭和47年)に独立したあとは、岩手県盛岡市を拠点に活動。新作名刀展で高松宮賞、薫山賞などを受賞し、1986年(昭和61年)に無鑑査刀匠に認定されました。

1988年(昭和63年)9月から1993年(平成5年)9月まで文化庁主催の美術刀剣刀匠技術保存研修会講師、1984年(昭和59年)に伊勢神宮式年遷宮御神宝太刀(いせじんぐうしきねんせんぐうごしんぽうたち)、1988年(昭和63年)に伊勢神宮式年遷宮豊受大神宮鉾身(いせじんぐうしきねんせんぐうとようけだいじんぐうほこみ)制作などを担当し、1993年(平成5年)には岩手県無形文化財に指定されています。

作風としては、師匠の隅谷正峯と同じく五箇伝のひとつである備前伝をもとにしており、「隅谷丁子」(すみたにちょうじ)と呼ばれる独自の美しい丁子刃文を受け継いでいる他、現代の刀匠として初めて「映り」や「逆丁子」(さかさちょうじ)を再現したことでも知られています。

山口清房が制作した刀剣

太刀 銘 盛岡住山口清房作之 昭和丙辰歳正月吉日
太刀 銘 盛岡住山口清房作之 昭和丙辰歳正月吉日
盛岡住
山口清房作之
昭和丙辰歳
正月吉日
応高橋善平氏
鑑定区分
未鑑定
刃長
75.3
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

河内國平 (本名:河内道雄)

「河内國平」(かわちくにひら)は、1941年(昭和16年)に刀匠「河内守國助」(かわちのかみくにすけ)の次男として大阪で生まれました。

1966年(昭和41年)に関西大学法学部を卒業後、重要無形文化財保持者である「宮入行平」(みやいりゆきひら)に師事。五箇伝のひとつである相州伝を学びます。

1972年(昭和47年)に独立し、東吉野村平野に鍛刀場を設立。1984年(昭和59年)に同じく重要無形文化財保持者の「隅谷正峯」(すみたにまさみね)に師事し、ここでは備前伝を学んでいます。

1988年(昭和63年)に無鑑査刀匠に認定。同年には、文化庁主催の美術刀剣刀匠技術保存研修会講師や刀職技能訓練講習会講師も務めました。

1995年(平成7年)には相州伝、備前伝に続き、大和伝を修得。東京藝術大学にて特別講義「日本刀製作」を行なったり、NHKドラマ「聖徳太子」において鍛治指導を行なったりするなど活動の場を広げ、2005年(平成17年)に奈良県無形文化財保持者となりました。

國平の作品の(なかご)に刻印される「無玄関」という言葉には、私は他人との間に壁を作らないので、どこからでも日本刀(刀剣)の世界に入って来て欲しいという意味が込められています。

現在は、母校の関西大学で日本刀研究会会長を務め、日本刀(刀剣)文化の普及に取り組んでいます。

河内國平が制作した刀剣

刀 銘 國平製之
刀 銘 國平製之
祝 昭和期
當主福老寿
綿谷喜寿刻印
平成十六年
五月三十一日
國平製之
(棟)泉州佐野川徳平家
鑑定区分
未鑑定
刃長
73
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

大野義光 (本名:吉川三男)

「大野義光」(おおのよしみつ)は、1948年(昭和23年)に新潟県西蒲原郡黒埼町(現新潟市)に生まれました。学生時代より日本刀(刀剣)に関心を持ち、1969年(昭和44年)に「吉原義人」(よしはらよしんど)に師事。日本大学農獣医学部に通いながら(1972年に卒業)、1976年(昭和51年)まで義人の下で修行を続けました。

1975年(昭和50年)に新作名刀展に初出品し、奨励賞を受賞。同年に全日本刀匠会に入会するとともに、文化庁の作刀認証を受けています。翌1976年(昭和51年)、新潟に大野義光鍛刀場を設立。1980年(昭和55年)まで連続で努力賞、1981年(昭和56年)に奨励賞、1982年(昭和57年)に高松宮賞を受賞し、全日本刀匠会の正会員となりました。

その後も、同展では1984年(昭和59年)から4年連続で高松宮賞を受賞。1987年(昭和62年)、無鑑査刀匠に認定されています。

義光の作品では、指表(さしおもて)側に見られる半島状の口(においぐち)が特徴の「山鳥毛写」(やまとりげうつし)がよく知られ、「大野丁子」(おおのちょうじ)と呼ばれる華やかな重花丁子乱れも、高く評価されています。

2012年(平成24年)には葛飾区指定無形文化財に認定され、現在に至るまで作刀文化の普及に努めている刀匠です。

大野義光が制作した刀剣

太刀 銘 越後国義光作 (山鳥毛写し)
太刀 銘 越後国義光作 (山鳥毛写し)
越後国義光作
鑑定区分
未鑑定
刃長
78.1
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

高橋次平 (本名:高橋次男)

「高橋次平」(たかはしつぐひら)は、1927年(昭和2年)、長野県に生まれました。戦後間もない1947年(昭和22年)、20歳の時に重要無形文化財保持者である「宮入行平」(みやいりゆきひら)に師事。1959年(昭和34年)に作刀承認を受け、初出品した第5回作刀技術発表会にて努力賞を受賞しています。

その後、1965年(昭和40年)の第1回新作名刀展での奨励賞を皮切りに、高松宮賞2回、文化庁長官賞、薫山賞、日本美術刀剣保存協会会長賞3回、優秀賞2回、奨励賞2回、努力賞5回などを受賞し、1989年(平成元年)に無鑑査刀匠に認定。また1990年(平成2年)には、長野県無形文化財にも認定されています。

1969年(昭和44年)に独立するまで、20年以上に亘って行平の一番弟子としてその仕事を支えた次平は、作風においても豪壮堅実な相州伝をもとにした行平の持ち味を最も強く継承しているとされ、日本刀(刀剣)としてはかなりの長さとなる2尺5寸(約95cm)の太刀から短刀まで多様な作品を残すとともに、「松田次泰」(まつだつぐやす)の他、多くの後進の育成にも心血を注ぎました。

1996年(平成8年)に69歳で亡くなったのちも、歴史に大きな功績を残した刀匠として、現代まで語り継がれています。

高橋次平が制作した刀剣

刀 銘 信濃国次平作
刀 銘 信濃国次平作
信濃国次平作 平成五年八月吉日
鑑定区分
未鑑定
刃長
74.5
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

注目ワード

ページトップへ戻る