大坂冬の陣・夏の陣
大坂冬の陣・夏の陣
「大坂冬の陣・夏の陣」は、江戸幕府の徳川家と大坂城(大阪城)を拠点とする豊臣家との間で行なわれた合戦。1614年(慶長19年)の冬の戦いを「大坂冬の陣」、1615年(元和元年)の夏に再開された戦いを「大坂夏の陣」と言います。「関ヶ原の戦い」以降、天下の覇権を握った徳川家康にとって、豊臣氏の存在は脅威でした。家康は、豊臣氏を挑発し開戦に持ち込み、この戦いによって豊臣氏は滅亡。2つの合戦を合わせて「大坂の役」(おおさかのえき)「大坂の陣」とも呼ばれています。
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大坂冬の陣・夏の陣の概要

関ヶ原の戦い」の勝利から3年後、征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命された徳川家康は、名実ともに天下の覇権を握っていました。そんな中、豊臣秀吉の子である豊臣秀頼(ひでより)と母・淀君(よどぎみ)が、大坂で勢力を保持。徳川家が政権を握ったとは言え、関ヶ原の戦いの頃から成長した秀頼の存在を家康は不安に思っていました。

方広寺の釣鐘

方広寺の釣鐘

1614年(慶長19年)8月、秀吉の17回忌に京都の方広寺(ほうこうじ)で大仏の開眼供養が実施された際、家康が豊臣家を激しく非難。

きっかけは、梵鐘(ぼんしょう)の銘文に、家康を滅ぼす意味の「国家安康」(こっかあんこう)という文字が刻まれていたことでした。

これを契機に、家康は豊臣氏を挑発し、同年10月「大坂冬の陣」が勃発。豊臣軍の兵力が10万に対し、徳川軍は50万と、圧倒的に徳川軍が優勢。徳川軍により大坂城は完全に包囲され、豊臣軍は大敗します。

このとき、落城の恐怖に怯えた淀君は、家康に和睦を申請。家康もこれに了承し、講和が結ばれ大坂冬の陣は終結しました。

大坂城への一斉砲撃

大坂城への一斉砲撃

戦は和議で終わったはずでしたが、家康はその間に大坂城の堀を埋め、城郭や出城を破壊。これにより、「大坂夏の陣」の火蓋が切られ、再び開戦。冬の陣同様、兵力では勝てない豊臣軍は、次々と勇将を失います。

家康も一時は自害にまで追い込まれますが、体勢を立て直すと天守閣に火が放たれ、大坂城は落城。秀頼は淀君と共に自害し、豊臣家は滅亡。

これにより、徳川家康の天下統一が完成しました。

大坂冬の陣・夏の陣の戦場跡

大阪城

大阪城

戦国時代最後の戦いとなった大坂冬の陣・夏の陣の舞台である大坂城。この戦いで徳川軍に攻められ落城したあと、1620年(元和6年)から徳川幕府によって再築されました。このとき、石垣の基盤造りから行なわれ、秀吉の痕跡を根絶。したがって、現在の大阪城の壮大な石垣は、秀吉ではなく徳川幕府によるものなのです。

また、天守閣は江戸時代の落雷によって焼失しましたが、1931年(昭和6年)に市民の熱い要望により復興。現在は、登録有形文化財となり、貴重な文化財を収蔵する博物館施設となっています。

大坂冬の陣で有名な「鴫野[しのぎの]・今福の合戦」が行なわれた「鴫野古戦場跡」(しのぎのこせんじょうあと)は、大坂冬の陣・夏の陣で最大の激戦地跡です。現在の大阪市城東区に位置し、「上杉景勝」(うえすぎかげかつ)の陣があったと言われています。現在は、その地に大阪市立城東小学校があり、東側に石碑が建立。東側通用門には、古戦場の解説や大坂冬の陣の両軍分布図も見ることができます。

玉手山公園案内図

玉手山公園案内図

大坂夏の陣での最終決戦「道明寺合戦」が行なわれた小松山古戦場跡は、現在の大阪府柏原市玉手山公園内にあります。小高い山に位置し、山麓が公園になっている玉手山で、かつては「小松山」と言われていたことが名称の由来。山頂付近には「道明寺の合戦」で討ち死にした豊臣方の武将である「後藤又兵衛基次之碑」(ごとうまたべえもとつぐのひ)が建立。

隣にあるのは又兵衛を介錯していた家臣の吉村武右衛門(よしむらたけえもん)の石碑です。壮大な石碑から、戦いに師弟で挑み、奮闘した地で討ち死にした又兵衛の思いを感じることができるでしょう。

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  • 石垣とお堀です。
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  • お城の周辺の様子です。
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  • 大手門です。
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  • 金鯱です。
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  • 石標柱です。
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  • 残念石です。
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  • 青銅大砲です。
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  • 公園内には梅園が広がっています。
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「大阪城」施設情報

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所在地 〒540-0002
大阪府大阪市中央区大阪城1-1
電話番号 06-6941-3044
交通アクセス 「大阪ビジネスパーク駅」下車 徒歩8分

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営業時間 9~17時(入館は16時30分まで)
※桜シーズン、ゴールデンウィーク、夏休みは開館時間の延長あり
休館日 12月28日~翌年1月1日
駐車場 有り
入場料 一般 600円(540円/510円/480円)
中学生以下 無料
※中学生は要証明(生徒手帳など)
※()内は15名以上99名以下/100名以上199名以下/200名以上の団体料金です。
公式サイト https://www.osakacastle.net/

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