承久の乱 古戦場
承久の乱 古戦場
「承久の乱」(じょうきゅうのらん)は、「源頼朝」(みなもとのよりとも)が鎌倉幕府を開いて以後、続いた鎌倉幕府の政治的な力に不安を抱いた当時の朝廷が兵を率いた事件です。各地での交戦を経て、最終的に京に上った「北条義時」(ほうじょうよしとき)軍と「後鳥羽院」(ごとばいん)側が衝突。北条側が勝利を収めました。
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承久の乱の概要

源頼朝

源頼朝

「平治の乱」において、源氏の棟梁「源義朝」(みなもとのよしとも)が討ち取られて以後、源氏の悲願は平氏打倒となります。伊豆国(現在の静岡県)に流されていた「源頼朝」(みなもとのよりとも)は、北条氏らと協力して平氏打倒へと乗り出しました。

そして1185年(元暦2年)、ついに「壇ノ浦の戦い」(だんのうらのたたかい)で平氏打倒を成就。頼朝は、朝廷から「征夷大将軍」(せいいたいしょうぐん)に任命され、鎌倉に幕府を開いたのです。

日本初の本格的な武家政権となった「鎌倉幕府」ですが、源氏の拠点が東国であったため、西国においては、依然として朝廷の影響力が残っていました。

もっとも、鎌倉幕府が生まれたことをきっかけに、朝廷の影響力が弱くなり、「荘園」からの(租税)収入が激減。朝廷が、経済基盤を失いつつあったことも事実です。朝廷が焦燥感にさいなまれる中、鎌倉幕府において権力基盤を揺るがす事件が続発します。

1199年(建久10年)に初代将軍である頼朝が死亡。そのあとも、2代将軍・頼家(よりいえ)、3代将軍・実朝(さねとも)が早世し、源氏本流の血は途絶えてしまったのです。

これを受け倒幕へと動き出したのが、京にいた「後鳥羽院」(後鳥羽上皇)。後鳥羽院は、再び朝廷に政治権力を取り戻すべく画策します。

北条政子

北条政子

各地の武士に対して鎌倉幕府のトップに位置していた「北条義時」追討の「院宣」(せんじ:上皇の意思の奉書)が出される事態となりました。後鳥羽院ら朝廷方の動きを聞いた幕府を中心とした東国武士に動揺が走りましたが、頼朝の妻だった「北条政子」(ほうじょうまさこ)は冷静に対応。すぐに東国の武士を集めると、鼓舞する演説を行ない、東国武士の動揺を抑えます。政子が尼将軍(あましょうぐん)と言われるのもこのためです。

政子の言葉で一致団結した北条軍は、各地での交戦を勝ち抜いて、京に入ります。後鳥羽院側も応戦しましたが、防戦は1ヵ月も続きません。戦況は悪化の一途をたどり、とうとう、後鳥羽院は逃亡。勝利を決定付けた北条側は、後鳥羽院の身柄を確保します。

承久の乱の首謀者であった後鳥羽院は隠岐、「順徳上皇」は佐渡、「土御門上皇」は土佐へと配流。後鳥羽院の傀儡(かいらい)だった「仲恭天皇」は廃位され、代わって「後堀河天皇」が即位し、戦後処理が終了したのです。

承久の乱において鎌倉幕府方が勝利したことにより、幕府の西国における影響力が増大すると共に、武家政権による朝廷への干渉が行なわれる流れができ上がります。それは江戸時代まで続きました。

承久の乱の古戦場

承久の乱で、後鳥羽院側が北条氏を迎え撃ったとされるのが、京都にある「宇治川」です。川の流れなどもあり、北条軍の多少の足止めにはなりました。

戦のあった正確な場所は明確にされていませんが、宇治川にある「宇治橋」は日本三古橋のひとつと数えられ、石碑が刻まれています。JR「宇治駅」から徒歩約1分の場所にあるスポットです。

宇治市源氏物語ミュージアム

宇治市源氏物語ミュージアム

また、宇治橋周辺には、「宇治市源氏物語ミュージアム」もあります。承久の乱に至るまでの歴史を知りたいならぜひ立ち寄ってみて下さい。

なお、承久の乱の終息によって、京には「六波羅探題府」(ろくはらたんだいふ)が設置されるようになりました。これは、後鳥羽院のように鎌倉幕府に対してクーデターを起こす様子がないか見張るための場所。

現在、当時の建物はありませんが、六波羅探題府があったことが石碑に刻まれています。こちらは、京阪電気鉄道「清水五条駅」から徒歩約8分の場所にあるスポットです。

歴史上の人物が活躍した合戦をご紹介!

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  • 麓にあるお堂です。
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  • お堂の内部の様子です。
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  • 扁額です。
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  • 承久の乱合戦供養塔は、市指定史跡です。
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  • 道路側にも入口があります。
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  • 戦いの説明文と承久の乱合戦供養塔です。
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  • お堂の前に駐車場があります。
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