比叡山焼き討ち
比叡山焼き討ち
「比叡山焼き討ち」(ひえいざんやきうち)は、「織田信長」と敵対していた「浅井長政」(あざいながまさ)と「朝倉義景」(あさくらよしかげ)が比叡山「延暦寺」(えんりゃくじ)に逃げ込んだことをきっかけに起きた戦です。事前の警告にもかかわらず、浅井と朝倉をかばい続けた比叡山延暦寺を信長が攻め、多くの僧侶や子どもが犠牲となりました。
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比叡山焼き討ちの概要

織田信長

織田信長

1568年(永禄11年)、室町幕府15代将軍「足利義昭」(あしかがよしあき)と共に上洛(じょうらく:京都へ入ること)した「織田信長」は、室町幕府復興のため、諸大名に上洛することを求めました。

京都に近い畿内の大名達は信長の指示に従いましたが、ただひとり「朝倉義景」はこれに従わず、信長は朝倉を攻めることを決意。1570年(永禄13年)、信長は3万の軍を率いて朝倉へ進軍します。

朝倉に勝利するつもりでいた信長ですが、まさかの挟み撃ちにあいます。

浅井長政

浅井長政

信長の妹・お市の方の嫁ぎ先で、味方だと思っていた「浅井長政」が背後から攻めてきたのです。これは、長政が信長を裏切ったと言うよりは、もともと朝倉と結んでいた同盟関係があったためでした。

命からがら逃げ延びた信長でしたが、信長の率いた多くの軍勢は大きな痛手を負い、ほとんど壊滅状態だったと言います。逃げ延びた信長は、再び朝倉、長政を追い詰めるべく、長政の居城を攻撃。これにより、長政は他の城との連絡手段を断たれてしまいます。さらに、居城を焼き討ちされ、長政は朝倉の援軍を待たずして城外に逃げるしかありませんでした。

結局、遅れて着いた長政軍と朝倉軍は、ともに信長軍に対抗しましたが、万全の準備を整えていた信長軍に敗北。信長の狙い通り、朝倉と長政は追い詰められていきます。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

そして、信長は1571年(元亀2年)「比叡山延暦寺」に進軍するのです。実は、信長は長政や朝倉が延暦寺に逃げ込むことを想定していました。そこで、延暦寺に「長政や朝倉を囲い込まずに味方してほしい」、「味方した場合は所領を返還する」、「味方できない場合はただ傍観してほしい」という内容の書簡を送付。「長政や朝倉に加担した場合は容赦なく焼き払うこと」も事前にしっかりと警告していました。

しかし延暦寺は、長政と朝倉が逃げ込んだあとでも信長の書簡に返事をせず、長政と朝倉をかばい続けます。そんな延暦寺に対して怒りを覚えた信長は、延暦寺を容赦なく襲撃。信長率いる3万の兵は、延暦寺を焼き払い、僧侶や子どもまで手にかけ、およそ3,000~4,000人が犠牲となりました。

比叡山焼き討ちの戦場跡

現在の比叡山延暦寺は、坂本ケーブル「延暦寺駅」より徒歩8分の場所です。比叡山延暦寺は、比叡山の境内地に点在する100ほどの堂宇(どうう:堂の建物)の総称で、山の東側を「東塔」(とうどう)、西側を「西塔」(さいとう)、北側を「横川」(よかわ)と言い、それぞれに本堂があります。788年(延暦7年)から歴史が続いた延暦寺は、当時、ほとんど壊滅状態になりました。

しかし焼き討ちを逃れた僧達が1582年(天正10年)より復興を開始。のちに、安土・桃山時代の武将「豊臣秀吉」の協力も得て、再興を遂げました。

ガーデンミュージアム比叡

ガーデンミュージアム比叡

負の歴史のイメージが強い比叡山ですが、癒しの施設もあります。そのひとつが「ガーデンミュージアム比叡」。眼下にびわ湖・京都を望む標高840mの山上に位置する庭園です。モネやゴッホなど印象派の画家達が描いた自然の風景を再現しており、四季折々の花々を楽しめます。JR京都駅からバスに乗り「比叡山頂」で下車しましょう。

また、比叡山頂バス駐車場の傍らには、1991年(平成3年)に建立された「元亀の兵乱殉難者鎮魂塚」(げんきのへいらんじゅんなんしゃちんこんづか)があり、毎年9月12日には焼き討ちの犠牲者と、恩讐を越えて相手方の信長を合同で供養する法要が営まれています。

「比叡山 延暦寺」 観光・案内サイトのご紹介

比叡山 延暦寺写真一覧

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  • 根本中堂です。
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  • 阿弥陀堂です。
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  • 法華総持院東塔です。
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  • 常行堂・法華堂(にない堂)です。
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  • 文殊楼(もんじゅろう)です。
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  • 比叡山延暦寺の石標柱です。
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  • 平和の鐘です。開運の鐘とも呼ばれています。
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  • 参道では、数多くの石仏が見られます。
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「比叡山 延暦寺」施設情報

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所在地 〒520-0116
滋賀県大津市坂本本町4220
電話番号 077-578-0001
交通アクセス 坂本ケーブル「延暦寺駅」下車 徒歩8分

交通アクセス情報を見る

営業時間 【東塔地区】
[1~2月]
9~16時30分
[3~11月]
8時30分~16時30分
[12月]
9~16時

【西塔・横川地区】
[1~2月]
9時30分~16時
[3~11月]
9~16時
[12月]
9時30分~15時30分
※巡拝受付は閉堂の30分前まで。
※冬季は降雪等で閉堂時間を早める場合有り。
※法要・行事等で入堂制限する場合有り。
休館日 無し
駐車場 有り
入場料 【東塔・西塔・横川共通券】
大人 700円(600円)
中高生 500円(400円)
小学生 300円

【国宝殿(宝物館)】
大人 500円(400円)
中高生 300円(200円)
小学生 100円
[国宝殿拝観料と巡拝料のセット価格]
大人 1200円(1000円)
中高生 800円(600円)
小学生 セット料金は無し
※()内は20名以上の団体料金です。
公式サイト https://www.hieizan.or.jp/

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