壇ノ浦の戦い
壇ノ浦の戦い
「壇ノ浦の戦い」(だんのうらのたたかい)は、1185年(寿永4年/元暦2年)3月24日、長門国赤間関壇ノ浦(現在の山口県下関市)で行なわれた「治承・永寿の乱」、いわゆる「源平合戦」における最後の戦いです。この戦いで、平氏が擁立した「安徳天皇」(あんとくてんのう)が入水し、「源義経」率いる源氏が勝利しました。平家一門は捕らえられ、これまで栄華を誇った平氏は滅亡。長きに亘った治承・永寿の乱は、ついに幕を閉じたのです。かつて壇ノ浦の戦いが繰り広げられた山口県下関市の古戦場壇ノ浦古戦場をご紹介します。
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壇ノ浦の戦いの概要

戦いの背景

平清盛

平清盛

平安時代末期、源氏、及び平氏をはじめとする武家が朝廷内で台頭。「保元の乱・平治の乱」で勝利し、力を強めた平氏の棟梁である「平清盛」は、朝廷との血縁関係を作って両者の関係を深め、途絶えていた宋との交易を復活させました。

大きな発言力と莫大な富を獲得した平清盛は、1167年(仁安2年)には、「太政大臣」にまで昇りつめます。

しかし、平清盛の権力が増長していくことに危機感を抱いた「後白河法皇」(ごしらかわほうおう)をはじめとする院政勢力は、平清盛を朝廷から追放。

1180年(治承4年)に出された「以仁王の令旨」(もちひとおうのりょうじ)により、平氏討伐のため、「源頼朝」をはじめとする源氏一門が挙兵し、源平合戦とも呼ばれる治承・永寿の乱へと発展していきました。はじめは優勢であった平氏でしたが、1180年(治承4年)の「富士川の戦い」以降、徐々に劣勢に立たされ、1181年(治承5年)には平清盛が病死します。

平清盛の三男「平宗盛」(たいらのむねもり)が棟梁となったものの、1183年(寿永2年)の「俱利伽羅峠の戦い」(くりからとうげのたたかい)で「木曽義仲」(きそよしなか:源義仲)に敗退。これにより平氏は大軍を失い、平氏が擁立した安徳天皇と共に西国へと都落ちをしました。

1183年(寿永2年)の「一ノ谷の戦い」、1185年(寿永4年/元暦2年)の「屋島の戦い」でも続けざまに敗れ、ついに最終決戦の場となる「壇ノ浦」にまで追い詰められていったのです。

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壇ノ浦の戦い

壇ノ浦まで追い詰められているものの、平氏の主戦力は、海上戦を得意とした水軍。一方源氏は、屋島の戦いがはじまるまでは水軍を持たず、海上戦において慣れた指揮を執ることができていませんでした。

そのため、壇ノ浦の戦いが開戦すると、平氏は1日に何度も変わる干満と潮流を利用し、戦いを有利に進めていきます。しかし、源氏は不利な状況に耐え抜き、長期戦に持ち込むことで、徐々に状況が変化。時間が経過したことで、潮の流れが逆となり、一転、平氏に不利な向かい潮となりました。

一説では、この潮流が勝敗を決した最大の要因とも言われます。壇ノ浦の戦いにおける源氏の大将であった源義経は、この状況を利用し、平氏を追い詰めていきました。

さらに、源義経は奇策として、当時は非常に無作法とされていた、船の漕ぎ手に狙いを定めて矢を射る作戦を実行。このような戦法は、貴族社会であった西国の規範からずれていましたが、奥州で武術を学んだ源義経にとっては関係のないことだったのです。重要な船の漕ぎ手が攻撃されたことで、平氏軍の機動力は損なわれ、戦は源氏の勝利となりました。

安徳天皇と二位尼の入水

安徳天皇と二位尼の入水

敗北を悟った平氏一門は、次々と船上から海へ身を投げ、命を落としていきます。

当時6歳だった平清盛の孫で、平氏一門に天皇として擁立された安徳天皇も入水。安徳天皇の祖母で平清盛の妻「二位尼」(にいのあま:平時子[たいらのときこ])と共に、「三種の神器」のひとつである宝剣「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)を伴って海へ身を投げたと伝えられています。

その後、平氏軍の大将であった平宗盛は捕縛されると、一門もろともに処刑。栄華を誇った平氏は、この壇ノ浦の戦いを以て滅亡することとなりました。

「平治の乱」において、平清盛は、源頼朝と源義経を助命しましたが、その兄弟がのちに、栄華を極めた平氏に対敵し、平清盛の一門を滅ぼすという因果な結末となったのです。

源義経のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

壇ノ浦の戦いにおける伝承と源義経の八艘飛び

1180年(治承4年)の以仁王の令旨から壇ノ浦の戦いまでを治承・寿永の乱、もしくは源平合戦と呼び、「平家物語」や「源平盛衰記」等の軍記物語に描かれてきました。もちろんその物語の中には、壇ノ浦の戦いについての記述も見られますが、鎌倉時代初期の一次資料となる歴史書「吾妻鏡」には、壇ノ浦の戦いについて、詳しいことは書かれていません。

そのため、壇ノ浦の戦いにおける詳細な戦況等は分かっておらず、勝敗を分けた最大の要因とされる潮流に関しても、潮の流れと両軍の船の動きが科学的に検証されてはいるものの、推測の域を出ていないのです。

源義経

源義経

また、源義経が「平氏軍の船頭を狙い打ちせよ」と命じたことも、事実ではないのではないかとされています。合戦中に武士ではない水夫を狙って討つことは、戦の誉とも言い難く、礼節を欠いた行ない。平家物語には源義経がそのように命じた描写はなく、勝敗が決したあとに、源氏軍が平氏軍の船に乗り込み、船頭を斬り殺したと書かれているのです。

このように、壇ノ浦の戦いについては詳しい戦況を記した資料が少ないため、多くの憶測や伝承が残されています。その伝承の中でも特に有名な話が、源義経の「八艘飛び」です。

八艘飛びとは、平氏随一の猛将「平教経」(たいらののりつね)と対峙した源義経が、平教経の猛攻を避け、船から船へと飛び移り、八艘も彼方へ逃げ去ったという伝説。平家物語では、平教経は源義経のライバルとして描かれた武将です。最期には、源氏側の武将で、30人力の猛将と言われた、土佐国(現在の高知県)の「安芸太郎」(あきたろう)、「安芸次郎」(あきじろう)兄弟を、平教経は脇に抱えたまま入水したとされています。

しかし、平教経は吾妻鏡において、一ノ谷の戦いでの戦死者としてすでに数えられており、はっきりとしたことは定かではありません。

このように、壇ノ浦の戦いについては多くの憶測が飛び交い、今でもその真相について、研究され続けているのです。

壇ノ浦の戦いの古戦場

壇ノ浦古戦場

壇ノ浦古戦場(みもすそ川公園)

壇ノ浦古戦場(みもすそ川公園)

壇ノ浦の戦いが行なわれた古戦場は、山口県下関市にある「みもすそ川」。

壇ノ浦古戦場跡に整備された「みもすそ川公園」内には、源義経像と、平清盛の四男「平知盛」(たいらのとももり)像が、壇ノ浦の海峡を一望できる場所に設置されています。

平知盛は碇潜(いかりかづき)の姿、源義経は伝説となった八艘飛びの姿を取っており、この両雄の像と共に配置されている「安徳帝入水之処碑」は、壇ノ浦古戦場跡の記念撮影スポットです。

また、2005年(平成17年)のNHK大河ドラマ「義経」で、主人公の源義経役を演じた「滝沢秀明」さんと、「建礼門院」役を演じた中越典子さんの手形も、同地に設置されています。

古戦場があるみもすそ川という地名は、「今ぞ知る 身もすそ川の 御ながれ 波の下にもみやこありとは」(長門本平家物語より)という、二位尼辞世の歌から生じた地名。

公園前の海は、潮の流れが速い、開門海峡の最も狭まったところで、「早鞆の瀬戸」(はやとものせと)と言われ、潮の流れの激しい難所です。戦いの勝敗を左右する大きな要因になったと言われる、激しい潮の流れを感じ、源平合戦に思いを馳せることができます。

「源平合戦」の浮世絵動画を観る

武者絵(合戦浮世絵)~源平合戦~

武者絵(合戦浮世絵)~源平合戦~
壇ノ浦の戦い

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壇ノ浦古戦場の石板です。
壇ノ浦古戦場の石板です。
源義経像と平知盛像があります。
源義経像と平知盛像があります。
源義経の銅像です。
源義経の銅像です。
平知盛の銅像です。
平知盛の銅像です。
みもすそ川公園内の様子です。
みもすそ川公園内の様子です。
関門橋が間近にあります。
関門橋が間近にあります。
公園内にある長州砲レプリカです。
公園内にある長州砲レプリカです。
長州砲が並ぶ様は圧巻です。
長州砲が並ぶ様は圧巻です。

「壇ノ浦古戦場」施設情報

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所在地 〒751-0813
山口県下関市みもすそ川町1
電話番号 083-231-1350
交通アクセス 「御裳川」バス停下車 徒歩0分

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駐車場 無し
入場料 無料
公式サイト -

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壇ノ浦古戦場
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