歴女に人気の城下町

北海道の城下町・松前(松前町)

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北海道松前町の「松前城」(まつまえじょう)は、日本史上最後に建てられた日本式城郭であり、北海道では唯一の石垣と天守を備えた城です。
津軽海峡に面した海岸線で厳しい自然環境のなか、たくましく生き抜いた城下町・松前の歴史は、北前船(きたまえぶね)の就航した港と共にあり、幕末には「戊辰戦争」(ぼしんせんそう)の舞台に。2017年(平成29年)には、松前町に伝わる文化が「荒波を越えた男達の夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」の一部として日本文化遺産に認定されました。
歴史に思いを馳せながら、歴史に翻弄された痕跡が残る松前の城下町を散策することも、歴女らしい楽しみ方だと言えます。

松前の歴史を知る

現代の松前城下町

現代の松前城下町

松前の城下町散策を楽しむ前提として、松前の歴史を知っておくのは必須条件。

そこで、まずはどのようにして松前の城下町が形成され、栄え、終焉を迎えたかについてご紹介します。

江戸時代、新たな城郭の建造は原則的に禁止されていました。徳川幕府による厳しい規制が敷かれていたなかで、例外的に建築(拡張)を許された「松前城」(まつまえじょう)の出発点は、「福山館」(ふくやまだて)と呼ばれていた小さな「陣屋」(じんや:藩領が置かれた屋敷)。そこから、松前城下町として繁栄していったのです。

最北端の防衛拠点

津軽海峡に面した城下町・松前は、お城を中心として同心円状に広がる町づくりではなく、海岸線に沿って東西に細長く広がっています。そして、当初はお城の近くに武家屋敷を集めることなく、商人町のなかに武家屋敷が点在しているような町割りがなされていました。そののち、武家屋敷が東西の丘陵地に集められるようになったものの、海岸線近くでは武家と商家の混在が続いたのです。

その発展の様子は、城下町の「中心」が海岸沿いにあったことを物語っています。稲作に適した気候ではなかった松前は、アイヌとの交易や全国から廻船が行き来した商港によって栄えた城下町。松前の港は、北海道と関西、長崎などを結ぶ北前船が寄港し、賑わいました。

松前の地理的要因が城下町にもうひとつの特色があります。江戸幕府は北方警備、つまりロシアに睨みを利かせる役割を松前藩に担わせていたのです。

1849年(嘉永2年)頃からロシアの南下政策が加速。北方警備の必要性が高まりました。情勢の変化を受けて、幕府は17代藩主「松前崇広」(まつまえたかひろ)に福山館を本格的な城郭に拡張するよう命じます。もともと松前城は、正式なお城とは認められておらず、福山館と称していました。当初、松前氏は城持ち大名ではなかったのです。

拡張された松前城は、日本史上最後に造られた日本式城郭。築城に際して、松前崇広は高崎藩の兵学者だった「市川一学」(いちかわいちがく)を呼び寄せ、石造りの堡塁(ほうるい:敵の攻撃を防ぐための構造物)などにヨーロッパの技術も導入しながら、頑強なお城を築きました。

三の丸の正面玄関だった「沖口門」(おきのくちもん)の脇には西洋式の砲台を7座置き、城外と合わせて37基の大砲を設置。砲撃に備えて天守閣や門の壁には鉄板や丈夫なケヤキ材を入れ、また、耐寒性の観点から瓦には銅板が使われました。

アイヌとの摩擦を平定

源頼朝

源頼朝

かつて「蝦夷島」(えぞしま)と呼ばれていた北海道に、最初に定住した「和人」(本州の人)は、「源頼朝」(みなもとのよりとも)に滅ぼされて落ち延びた「奥州藤原氏」(おうしゅうふじわらし)の残党だったと言われています。

そののち、十三湊(とさみなと)を拠点に、鎌倉幕府の執権を務めた「北条氏」(ほうじょうし)の代官として津軽の豪族「安東氏」(あんどうし)が蝦夷島を管理。

やがて、安東氏の勢力は「渡島半島」(おしまはんとう)にまで及ぶようになり、安東氏の代官を務めていた「蠣崎氏」(かきざきし)が渡島半島を支配するようになります。

和人が蝦夷島に流入するにつれて、以前から住んでいたアイヌとの間に摩擦が起きるようになりました。これを平定したのが、蠣崎氏が呼び寄せていた「武田信広」(たけだのぶひろ)。武田信広はそののち、蠣崎家の婿養子に入り、蠣崎の姓を受け継ぎます。

1593年(文禄2年)、天下人「豊臣秀吉」(とよとみひでよし)が武田信広(蠣崎信広)の子孫「蠣崎慶広」(かきざきよしひろ)を蝦夷島主と認めたことで、蠣崎氏は安東氏から独立。

さらに、1599年(慶長4年)には、蠣崎慶広が「徳川家康」(とくがわいえやす)に蝦夷島図を献上し、姓を松前と改めました。これを機に福山館の建設が始まり、松前藩の歴史が始まります。

蝦夷島と全国を結ぶ航路を開拓

北前船

北前船

松前藩の経済基盤を支えていたのは、蝦夷地における交易です。

蝦夷島内の数ヵ所に、アイヌとの交易を行なう「商場」(あきないば)と呼ばれる取引所が設けられ、藩や上級武士の直轄とされました。

藩士達は、船でアイヌのための生活必需品などを商場まで運び、帰路はアイヌから仕入れた海産物などを積んで帰還。その海産物を商人に売り、商人達はそれを船で全国各地に運んだのです。

松前の港は、全国から集まった商人で賑わい、様々な物資が行き交いました。例えば、春に松前の海の色を黄金色にするほどの漁獲高を誇ったニシンや、海産物が大坂京都へと運ばれ、大坂・京都からは文化が松前にもたらされたのです。

松前城のある松前公園で、毎年春にきれいな花を咲かせる桜などの樹木もこのようにしてもたらされたと言われています。松前公園に咲き誇る約1万本の桜は、松前の港が繁栄していた名残でもあるのです。

最後の日本式城郭

1849年(嘉永2年)、幕府は12代藩主「松前崇広」(まつまえたかひろ)に松前陣屋を改築し、正式なお城とすることを命じ、1854年(安政元年)に最後の日本式城郭となる松前城が完成しました。翌年、「日米和親条約」(にちべいわしんじょうやく)に基づき箱館港が開港すると、幕府は東の木古内(きこない)以北、西は乙部(おとべ)以北の蝦夷地を箱館奉行支配の直轄地とし、松前藩の領地は松前地方に限定されてしまいます。

代替地として梁川や出羽国村山郡(でわにくにむらやまぐん)などが松前藩に与えられ、松前崇広は3万石の城持ち大名になりますが、松前藩の財政はひっ迫。その一方で、松前崇広は中央(幕府)の政治にもかかわるようになっていきます。

終焉を迎えた松前城

1863年(文久3年)、寺社奉行に取り立てられた松前崇広は、外様大名ながら老中格に名を連ねました。しかし、兵庫開港を主張したことが朝廷から嫌われ、謹慎処分となってしまいます。

松前崇広の跡を継いだ「松前徳広」(まつまえのりひろ)は病気がちだったため、従兄弟の「松前隆広」(まつまえたかひろ)を藩主代理に置き、執権の「松前勘解由」(まつまえかげゆ)が藩政を仕切りました。

松前隆広は、明治の新政府側にも幕府側にも協調する中庸路線で幕末の動乱を乗り切ろうとしましたが、1868年(慶応4年)に箱館奉行が廃止され、新政府の箱館府が設置されると、藩内の勤王派(きんのうは)が勢いを増し、藩主に松前勘解由の謹慎処分と自刃を迫ります。これを受け入れた松前徳広は、藩の拠点を松前の北約90kmにある館(たて)に移しました。

幕末期の1868年(慶応4年)には、「榎本武揚」(えのもとたけあき)が率いる幕府の脱走軍が蝦夷島に襲来。歴女にも人気の高い、元新選組の副長「土方歳三」(ひじかたとしぞう)の部隊が松前城と館を攻め落としました。松前徳広は弘前に逃れますが、そこで生涯を閉じています。

  • 土方歳三

    土方歳三

  • 天守台石垣の砲弾跡

    天守台石垣の砲弾跡

翌年、新政府軍は松前城を奪還し、「戊辰戦争」(ぼしんせんそう)は終結へ。戊辰戦争の舞台となった海側からは軍艦の砲撃を、陸からは幕府軍を率いて突入した元新選組副長・土方歳三らの攻撃を受けて落城します。

松前徳広の跡を継いだ「松前修広」(まつまえながひろ)は、戊辰戦争での活躍が評価されて2万石を与えられ、小規模な城を建てて「館藩」(たてはん)を立藩しますが、廃藩置県を迎えました。

松前城の天守台の石垣には、2度の激戦を物語るかのように、現在も砲弾の跡がくっきりと残っています。その痕跡から幕末から明治にかけての激動の時代に思いを馳せるのも、歴女ならではの楽しみ方です。

松前城下町を散策する

城下町として栄えた松前に残された歴史的な建築物に使われた木材や調度などは、主に船で本州から運ばれました。また、前述した桜をはじめとした本州の文化なども流入。松前に根付いていた文化と交わることで、独自の文化が醸成されていったのです。

松前城下町散策の出発点は、松前公園の松前城。北海道唯一の城下町は、江戸情緒を感じることができるエリアです。「花の城」としても、多くの人に親しまれている松前城の天守閣からの視界は良好。海沿いに広がる城下町を一望できます。

松前城

本丸御門と天守閣

本丸御門と天守閣

1949年(昭和24年)に火災で焼失した松前城は、1961年(昭和36年)に往時の姿を忠実に復元されました。

3層の天守閣からは、海沿いに広がる城下町と海岸線を望むことが可能です。

前述のように、天守台の石垣には1868年(明治元年)に元新選組・土方歳三が率いる幕府脱走軍が襲撃したときの弾痕と、翌年に新政府軍が奪還した際の弾痕が共に刻まれており、ただひとつの現存建築物となった本丸御門(国指定重要文化財)も残されています。

天守内部は資料館となっており、なかでも松前藩の家宝となっている硯(すずり)は必見。樺太からアイヌを経由して藩祖・武田信広(蠣崎信広)にもたらされたと伝わる中国製の名品です。

その他、天守閣内に展示されている江戸時代の松前城下町の様子を描いた「松前屏風」(まつまえびょうぶ)を観たあとに天守閣から城下町を眺めることで、過去と現在のつながりを感じることができる歴女におすすめのスポットだと言えます。

血脈桜

血脈桜

血脈桜

「血脈桜」(けちみゃくざくら)は「光善寺」(こうぜんじ)にある推定樹齢280年以上の桜の古木。

松前町が誇る桜の品種「南殿」(なでん)の親木で、「蝦夷霞桜」(えぞかすみざくら)、「夫婦桜」と共に町の3大名桜のひとつです。

この桜には、語り継がれている伝説があります。城下町に暮らしていた鍛冶屋の娘「静枝」(しずえ)が父親と共に吉野へ行き、そこで仲良くなった尼から苗木を託されました。

この苗木はそのあと、静枝の菩提寺だった光善寺に寄進され、境内で立派な大木となりましたが、本堂の改修工事が行なわれることとなり、伐採されることとなります。

伐採が決行される日の前夜。住職の枕元で「私は明日死んでしまう身です。血脈を下さい」との声がしました。住職が血脈(極楽浄土への証文)を授与したところ、翌朝、件の桜の枝にその血脈が掛かっていたのです。

このできごとによって桜の伐採は中止になり、以後、城下町の人々によって大切に受け継がれてきました。こうした伝説に思いを馳せながら満開の桜を眺めるのも、歴女ならではの楽しみ方です。

御所錦

この「御所錦」(ごしょにしき)は、京都御所から移植されたと伝えられている梅の木ですが、なんと1本の木に赤と白の花を咲かせます。ときには、ひとつの花に赤と白が交じっていることも。

このような梅の花を見付けた人には、何か良いことが起こるかもしれません。探し当てることができれば、ハッピーな気分になれそうです。

臥龍梅

「臥龍梅」(がりゅうばい)は、徳川3代将軍「徳川家光」(とくがわいえみつ)から2代藩主の「松前公廣」(まつまえきみひろ)が拝領したとされる梅。龍が寝ているような形状をしていることが、名前の由来です。

元々は江戸の松前藩邸に植えられていた物を、松前に移植しました。1954年(昭和29年)の台風で被害を受け、損傷してしまいましたが、それでも威風堂々とした風格を放っています。

桜見本園・新桜見本園

様々な品種を集めた桜の野外博物館のようなスポット。1965年(昭和40年)に開園し、城下町の内外に古くからある品種から近年開発された新品種まで、約140種・約480本の桜を植樹しています。

品種ごとに色合いが違う桜が、この見本園ならではのピンクのグラデーションを描き、早咲きから遅咲きまでそれぞれに開花時期が異なる桜が長く楽しめる公園としても知られているのです。

龍雲院

龍雲院

龍雲院

龍雲院」(りゅううんいん)の創建は1625年(寛永2年)。

5つの寺院が現存し、北海道で唯一の寺町を形成している松前城下で最古の寺院。戊辰戦争の火を浴びることなく、1842年(天保13年)に建てられた本堂と庫裏(くり)は国の重要文化財に指定されています。

江戸時代に建てられた「惣門」(そうもん)、「鐘楼」(しょうろう)、「土蔵」(どぞう)なども残り、精巧な彫刻の意匠なども見事です。御本尊は、山形にあるお寺に祀られた龍神様の分身。

今でも航海の安全を祈願する海運業者や漁業者の信仰を集めるなど、港町として繁栄した松前らしいスポットです。

阿吽寺

かつて松前城にあった堀上門が、「阿吽寺」(あうんじ)の山門として移築されています。江戸時代の松前城の様子を間近に感じられる、歴女好みのスポットです。

松前藩屋敷

江戸時代の城下町・松前を再現したテーマパーク。かつては、「松前の5月は江戸にもない」と謳われたほど、春の松前城下は賑わっていたと言われています。

このテーマパークでは、武家屋敷や髪結いなど14棟の建物が並び、往時の様子を伝え、甲冑や着物の着付けも体験可能。思い出の記念撮影スポットとしてもおすすめです。

その他、松前名産の「松前漬け」作りの体験コーナーもあり、「腹が減っては、戦はできぬ!」派の歴女にもぴったり。なお、体験コーナーは予約制ですので、ご予約をお忘れなく!

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