歴女に人気の城下町

島根県の城下町・松江(松江市)

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松江市民が誇るシンボル・国宝「松江城」(まつえじょう)は、江戸時代当時の姿をそのままに、「宍道湖」(しんじこ)の北側にある小高い丘の上にそびえ立ちます。三英傑のもとで、戦乱の世をくぐり抜けた「堀尾氏」(ほりおし)が築城。実戦の経験豊富な藩主が、随所に敵を欺く仕掛けを施した質実剛健な天守閣です。お城好きの歴女の皆さんにとっては、見どころ満載のお城と言えます。
城下町を歩いてみると、町のあちらこちらに川が流れ、水堀が張り巡らされているのに驚くでしょう。松江の町は宍道湖と共にある風光明媚な水の都。堀川には遊覧船がのどかに運航し、豊かな水脈を感じる松江は、まさに「水と共にある町」。ここでは、水が町づくりのカギとなった、松江の城下町の成り立ちを見ていきます。

城下町の発展を見据えて新たに築かれた名城

松江城

松江城

関ヶ原の戦い」(せきがはらのたたかい)での戦功によって「出雲国」(いずものくに:現在の島根県東半部)・「隠岐国」(おきのくに:現在の島根県隠岐郡)の領主となった「堀尾吉晴」(ほりおよしはる)と、その次男「堀尾忠氏」(ほりおただうじ)父子は、立藩した「松江藩」(まつえはん)を治めるための新たなお城と、城下町造営の検討を始めます。

すでに居城として「月山富田城」(がっさんとだじょう)に入城していましたが、このお城は周囲を山に囲まれていたため、交通も不便で城下町の発展が見込めませんでした。

堀尾吉晴から家督を継いだばかりだった堀尾忠氏でしたが、築城の場を定める前に27歳の若さで病死します。まだ6歳だった遺児「堀尾忠晴」(ほりおただはる)の後見人となった堀尾吉晴は、松江の地の将来性に着目。宍道湖畔(しんじこはん)の亀田山(かめだやま)に築城を決め、5年の長い歳月を経て、ついに「松江城」(まつえじょう)が完成しました。

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「松江城」
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低湿地の悪条件を克服した築城の名手

松江城下町のあたりは、もともと宍道湖を中心とする湿地帯。反対に、松江城が築かれた亀田山の北側は、地続きの山が連なる地形をしていました。

そこで、堀尾吉晴は、亀田山と連なる広範囲の山を切り崩して盛り土を造り、城下町の埋め立てを行なうことで湿地帯を克服します。さらにお城と城下町周辺に多くのを設け、湿地帯の排水をも円滑にする素晴らしい手腕を見せたのです。

なお、堀の役目はそもそも、敵の侵入に備え防衛すること。山を切り崩すことで、防衛・盛り土造り・排水という3つの役割を一気に成し遂げた堀尾吉晴。「築城の名手」とうたわれたのも納得できます。

幾重にも松江を守る宍道湖の水運

江戸時代、松江城と城下町の武家屋敷は、北側の町を除き、すべて宍道湖とつながる川や堀で囲まれていました。松江城の南、大橋川の対岸にある町をつないでいたのは、たった1本の「本橋」だけであったことが古地図に記されています。さらにその南、天神川を挟んだ南方の地には、足軽鉄砲組の集団居住区が設けられ、敵の侵入に備えていました。

このように、松江の重要拠点はすべて水に守られており、この一帯が宍道湖の水運を巧みに利用しながら堅固な守りを敷いていたことがよく分かります。

松江には盆踊りがない?松江城の悲しい人柱伝説

白と黒のコントラストが美しい国宝天守を有する松江城は、400年以上も当時の姿を保持する貴重な存在です。この優美な松江城には、実は悲しい人柱伝説が残されています。

天守の着工を始めてから石垣が繰り返し崩落し、築城は長く難航しました。そこで、工事の成功を願って人柱を立てることが決まり、堀尾氏の家臣達は城下で盛大な盆踊りを開き、もっとも踊りがうまく美しい娘を捕らえ、生き埋めにしてしまったと言います。

天守は無事に完成したものの、それ以降、お城では頻繁に女の幽霊が目撃されるようになりました。さらには、城下で盆踊りを行なうと、天守閣が地震のように揺れる不思議な現象が起こり、松江では盆踊りが禁じられました。松江と縁の深い作家「小泉八雲」(こいずみやくも)も、この伝説を書に記しています。

とは言っても、この伝説の真実は定かではありません。しかし、松江市内の一部では今も盆踊りの禁令を守る地域があります。この悲しい人柱伝説は、現代の松江に暮らす人々にも伝わっているのです。

藩の財政難を救った大名茶人・松平治郷

号を「不昧」(ふまい)として知られる7代藩主「松平治郷」(まつだいらはるさと)は、前藩主であった「松平宗衍」(まつだいらむねのぶ)の頃にピークに達した財政難をどうにかしようと、家老の「朝日丹波」(あさひたんば)と共に財政改革に乗り出します。

松江藩の領地は、平野部が少なかったこと、冷害や干ばつといった自然災害にたびたび苛まれたことなど、財政困窮の理由はいくつかあったようですが、この頃、周囲からはひそやかに「松江藩は滅亡する」と囁かれていたほどでした。

松平治郷は、砂防工事や治水工事、新田開発、薬用人参や木綿をはじめ、商品価値の高い特産品栽培など、農業と産業を推進。年貢増徴・倹約励行も行なうことで、かなりの藩財政の好転をもたらしたと伝えられています。

そんな敏腕藩主として知られる松平治郷には、大名茶人としての高尚な一面がありました。幼少時から茶道を好み、様々な流派を学んだのちに自らの「不昧流」(ふまいりゅう)を興します。茶人としての才能も一流だったとのことで、松江が京都金沢と並ぶ茶の湯文化を誇るのは、大名茶人・不昧による影響だと言えます。

藩の財政を再建したのち、松平治郷は優れた茶器の収集を行ない、その数はなんと約930点にものぼりました。現在、そのうちの10点が国宝、10点が重要文化財に指定されています。

江戸時代さながらの趣を楽しむ散歩コース

松江でもっとも城下町らしい佇まいを残す、塩見縄手(しおみなわて)散歩コースをご紹介します。かつては、侍達が住んでいたこのエリアを、歴女の皆さんも江戸時代に想いを馳せながら、ゆっくり散策してみましょう。

塩見縄手

江戸の町にタイムスリップ。松江城の堀沿いにある武家通りで、江戸の風情を残す観光名所のひとつです。松江城北側の堀に沿って約500mの間に、観光スポットが点在します。松江市の伝統美観地区に指定されており、国土交通省の「日本の道100選」にも選ばれている場所です。

武家屋敷

塩見家

塩見家

黒い板塀と白壁の武家屋敷が建ち並んでいる、松江藩の中級藩士が住んでいた地域。

「塩見縄手通り」(しおみなわてどおり)の名称の由来となった、中老「塩見家」(しおみけ)の邸宅が一般公開されています。

刀剣甲冑をはじめ、当時の珍しい暮らしの家具や、調度品などが屋敷内の各部屋に展示されており、見応え十分です。

小泉八雲旧居と記念館

小泉八雲旧居

小泉八雲旧居

塩見縄手通りのいちばん西側にあるのが、「小泉八雲旧居」(こいずみやくもきゅうきょ)と「小泉八雲記念館」(こいずみやくもきねんかん)。

明治の文豪である小泉八雲が、武家の娘であった「小泉セツ」夫人と6ヵ月間暮らした邸宅であり、国の史跡に指定されています。

小泉八雲の作品にも繰り返し登場する美しい日本庭園は必見。

旧居の西隣にある小泉八雲記念館では、小泉八雲の主な著作の直筆原稿や小泉八雲愛用の品々など、貴重な収蔵品が展示されています。

歴女の皆さんも、松江をこよなく愛した小泉八雲の足跡を、じっくりと辿ることで、松江の新たな魅力を発見できるかもしれません。

茶屋明々庵

「茶屋明々庵」(めいめいあん)は、1779年(安永8年)大名茶人の松平不昧によって建てられた茶室です。茅葺屋根(かやぶきやね)の入母屋(いりもや)に掛けられた「明々庵」の額は、松平不昧の直筆による貴重な作品。

松江は、京都・金沢と並ぶお茶と菓子の町。茶の湯における不昧流の心は、「形式にこだわらず茶を楽しむ」と言うところにあります。お茶が好きな歴女の方はもちろん、茶道のことはあまり分からない歴女の方も、松平不昧好みの和菓子と抹茶を、ぜひ味わってみましょう。

田部美術館

田部美術館

田部美術館

田部美術館」(たなべびじゅつかん)は、松平不昧の愛蔵品や「楽山焼」(らくざんやき)・「布志名焼」(ふじなやき)など、郷土の美術工芸品を主なコレクションとする茶道具美術館です。

入口の長屋門(ながやもん)は松江市指定文化財とされ、創設者の「田部長右衛門」(たなべちょうえもん)は、財政界で活躍した地元の名士でした。

お茶の町・松江らしさたっぷりの美術館で、茶の湯の奥深さを心ゆくまで堪能頂けます。

松平家の廟が納められている古刹・月照寺

月照寺」(げっしょうじ)はもともと、「洞雲寺」(とううんじ)と言う禅寺を、「徳川家康」(とくがわいえやす)の孫にあたる松平家松江藩・初代藩主「松平直政」(まつだいらなおまさ)が、生母「月照院」(げっしょういん)の菩提を弔うために再興した古刹(こさつ:古い寺のこと)です。そののち、2代藩主「松平綱隆」(まつだいらつなたか)が、歴代藩主の菩提寺としました。

広大な境内には、初代から9代までの墓がほとんど当時のままの姿で厳かに並んでおり、とりわけ3つの墓所が目に留まります。

大亀の石像

大亀の石像

ひとつ目は桃山文化の作風を取り入れた傑作である、初代・松平直政の墓。

2つ目は6代・松平宗衍の「毎夜松江の町を徘徊する」と言う伝説を残す大亀の石像。

3つ目の7代・松平治郷の墓所は、名工「小林如泥」(こばやしじょでい)の作と言われ、松平治郷の好物である葡萄が、見事な透かし彫りにされています。

また月照寺では、四季折々の景色を楽しめるのも魅力のひとつ。特に6月は、紫陽花(あじさい)の花が美しく咲き誇るスポットとなり、歴女を始めとするたくさんの観光客が訪れます。

神々しい夕景の美しさは日本一!宍道湖の夕日

宍道湖の夕日

宍道湖の夕日

水の都・松江の象徴である宍道湖は、その夕景も神々しいほどの美しさであることで有名です。

茜色の光が揺れる湖面に沈んでいく神秘的な光景は、多くの観光客を魅了してやみません。

「日本夕陽100選」にも選定されているこの絶景を楽しめる場所は、定番から穴場まで数多くあるとのこと。

橋や公園、建物のなかなど、それぞれ季節によって観られる場所が決まっていたり、ユニークな現象が起こったりするポイントもありますので、楽しみながら自分好みのスポットを探してみるのも一興です。

可動式の屋根や狭い水路がアトラクションを思わせる「堀川遊覧船」

堀川遊覧船

堀川遊覧船

松江城を囲む堀を小舟で一周する「堀川めぐり」の堀川遊覧船は、大自然の美しさや松江城下のどこか懐かしい風景に出会えるショートトリップとして人気を集めています。

低い橋の下を潜るときには屋根が下がり、乗客は体をかがめ、幅ギリギリの狭い水路を通ることもあり、まるで遊園地のアトラクションのようです。

同乗する船頭さんも様々で、歌を唄ってくれたり、おすすめの蕎麦屋を教えてくれたり、楽しい時間が過ぎるのはあっと言う間。

夏は涼しげな風鈴船、冬にはなんと「こたつ船」も運航され、すべての季節に乗船したくなってしまいます。

境内に並ぶのは無数の石狐「城山稲荷神社」

松江城の北の丘、森に囲まれた遊歩道を歩いていると現れるのが、赤い鳥居が鮮やかな「城山稲荷神社」(じょうざんいなりじんじゃ)。松江藩主の松平直政が勧請(かんじょう:神や仏の分霊を迎え入れること)した神社。

明治の文豪・小泉八雲も気に入って、毎日の散歩で城山稲荷神社を訪れたと言います。境内には、無数の狐の石像が置かれており、どこか異空間のような不思議な雰囲気の漂う神社です。

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