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鐙に見る武士の験担ぎ

鐙に見る武士の験担ぎ

「鐙」(あぶみ)とは、馬に乗るとき「鞍」(くら)の両脇に吊るして、乗り手が足を乗せ掛ける道具のことです。平安時代末期以降、武士の台頭と共に、「舌長鐙」(したながあぶみ)と呼ばれる、足の前部分を覆う形が主流となりました。これは、戦場で敵の攻撃から足を守るためのスタイル。そんな鐙には、様々な意味合いを持った意匠が凝らされました。武士が足元にまで良く気を配っていたことが分かります。実用性だけではない、鐙の意匠に込められた願いや、験担ぎ(げんかつぎ)には、どのような種類があるのでしょうか。「刀剣ワールド財団」が所蔵する鐙と一緒に観ていきましょう。

まずは各部分の名称を知ろう!

「鐙」(あぶみ)の各部分には、細かく名前が付いています。

ここでいくつかをご紹介。

舌長鐙

舌長鐙

  1. 鉸具頭(かこがしら)

    鞍の左右に吊るすための革帯などを通す金(かね)の輪。鐙の頭頂部にある。

  2. 刺鉄(さすが)

    鉸具頭に通した革帯の穴に刺して固定する金具。

  3. 紋板(もんいた)

    鐙上部の板状の部分。頭頂部に輪状の金具・鉸具頭がある。

  4. 柳葉(やないば)

    足を乗せる部分の周縁部。

  5. 踏込(ふみこみ)

    足を乗せる部分。

  6. 鳩胸(はとむね)

    つま先を覆うための、前にふくらんだ部分。

  7. 笑み(えみ)

    鳩胸の左右(または片側)にあるくぼみ。

  8. 母衣付穴(ほろつけあな)

    紋板の付け根部分にある穴。

縁起の良い生き物のデザイン

鐙には、力の強い動物や、長寿の象徴など、武士が「あやかりたい」と願う縁起の良い生き物がデザインされました。

それは、伝説上の龍であったり、身近な動物や虫であったり、実に多種多様。武士が願いを込めて鐙に表した文様には、どのような生き物がいるのでしょうか。

雨龍

銘 加州住山田永世作 銀象嵌鐙

銘 加州住山田永世作 銀象嵌鐙
銘 加州住山田永世作 銀象嵌鐙
推定制作時代 江戸時代 作 者 加州住山田永世
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

「雨龍」(あまりょう)とは、中国から伝わった龍の一種ですが、その読み方は「あまりょう」の他に「あめりゅう」、「うりゅう」などがあり、定まっていません。雨龍の正体についても諸説混在しています。最も有力な説は、大人の龍になる前の幼龍であるとの解釈です。

この幼龍は「璃龍」(ちりゅう)と呼ばれ、5階級ある龍のランクでは最下級ではありますが、たいへん長生きした鯉が璃龍になると言われています。璃龍は、また「竜鯉」(りょうり)とも言い、「鯉の滝昇り」を意味しており、「登竜門」(とうりゅうもん)の語源でもあるのです。

つまり雨龍は、鯉が龍になるという立身出世の象徴。龍の世界では子ども扱いの雨龍ですが、ごく身近にいる鯉が神にも等しい龍になるのですから、ひとかたならぬ出世です。

さらに、雨龍を雲と一緒に描くことで、雨を司る水神としての意味合いを強く打ち出すことができます。雲を呼び、嵐を起こすほどの自然の力にあやかろうとする武士の願いが垣間見えるようです。

本鐙の制作者、「山田永世」が拠点とした「加州」とは加賀国(現在の石川県)のことで、江戸時代には金工が盛んに行なわれました。特に「銀象嵌」(ぎんぞうがん)の鐙には優れた作品が多く、「加賀鐙」(かがあぶみ)として高く評価されています。

銀象嵌とは、金属や木材などに模様を刻み込んで、そこに銀をはめ込んだ細工のこと。本鐙の雨龍も精緻な銀象嵌で生き生きと表現されています。

蜻蛉

無銘 鉄錆地蜻蛉散文銀象嵌鐙

無銘 鉄錆地蜻蛉散文銀象嵌鐙
無銘 鉄錆地蜻蛉散文銀象嵌鐙
推定制作時代 江戸時代 中期 作 者 -
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

「蜻蛉」(とんぼ)は「勝ち虫」と呼ばれる縁起の良いモチーフです。

常に前に向かって飛び、後ろへ退くことがないので、決して退却しない強い決意を意味する「不退転」(ふたいてん)の精神を表す意匠として武士が好んで取り入れました。

「出世」や「成長」の象徴とも言われ、勝負のときに身に付けると良いとされています。蜻蛉が鐙に描かれていれば、戦場へ赴く際には、さぞや心強かったことでしよう。

本鐙は、重厚感のある「鉄錆地」(てつさびじ)に、銀象嵌で「蜻蛉散文」(とんぼちらしもん)が施されています。武士にふさわしい、力強さが感じられる作品です。

海老

吉重作 海老文付桜唐草文銀象嵌鐙

吉重作 海老文付桜唐草文銀象嵌鐙
吉重作 海老文付桜唐草文銀象嵌鐙
推定制作時代 江戸時代 中期 作 者 吉重
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

「海老」(えび)と言えば、おいしい食材のイメージがあるかもしれません。しかし、海老には「不老長寿」の象徴としての意味があります。

海老は腰を丸めていますが、勢い良く跳ねることから、「老いて腰が曲がっても元気でいられますように」との願いが込められているのです。海老に「老」の漢字が使われていることからも、「長寿」と結び付けられていることが分かります。

本鐙の制作者は、加賀藩の3代藩主「前田利常」(まえだとしつね)に招聘(しょうへい)された名工「五郎作吉重」(ごろうさくよししげ)を継承した8代目「吉重」

鳩胸に「海老図」をあしらった大胆な構図に、銀象嵌で「桜唐草文」(さくらからくさもん)を施した、華やかさが目を引きます。

植物の生命力に願いを託す

樹木や草花、唐草などの植物も、鐙の文様として好まれたモチーフです。そこには、植物の持つ生命力への憧れがありました。

毎年、花を咲かせて実を付け、また厳しい環境であってもぐんぐんと枝葉を伸ばす植物は、不老長寿や子孫繁栄の象徴とみなされたのです。

桜と唐草

小村作 桜花唐草文銀象嵌鐙

小村作 桜花唐草文銀象嵌鐙
小村作 桜花唐草文銀象嵌鐙
推定制作時代 江戸時代 中期 作 者 小村
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

桜の花は、咲いている期間が短く、パッと散ってしまうため、縁起が悪いと武士には好まれなかったと言われます。

しかし、桜の花を図案化した「桜花文」(おうかもん)は、日本を代表する優美な文様のひとつ。「散る」イメージとは逆に、草花が芽吹く春の訪れを思わせることから、「物事の始まり」として、むしろ縁起が良いとの見方もあります。また、一斉に花を咲かせる様子から、「豊穣」(ほうじょう)や「繁栄」の意味も持っているのです。

本鐙に桜花と共に描かれている「唐草文」(からくさもん)も、繁栄や長寿を意味する縁起の良い文様。くるくると絡まりながら四方八方へ伸びていくつる草は、「強い生命力」の象徴として親しまれています。

本鐙の制作者と伝えられている「小村」(こむら/おむら)について、詳しいことは分かっていません。

しかし、銀象嵌で施された桜花文のデザインは洗練された気品に満ち、制作者の技量の高さがうかがえます。

牡丹

無銘 鉄地牡丹唐草文銀象嵌鐙

無銘 鉄地牡丹唐草文銀象嵌鐙
無銘 鉄地牡丹唐草文銀象嵌鐙
推定制作時代 江戸時代 後期 作 者 -
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

大きな花びらが幾重にも開く「牡丹」(ぼたん)には、豪華さがあり、「百花」(ひゃっか:いろいろな花)の王とされてきました。

そのイメージから「幸福」、「高貴」、「裕福」の象徴と考えられ、また、牡丹の「丹」の文字が不老不死の仙薬(せんやく:飲むと仙人なるという薬)を意味することから、牡丹の文様には不老長寿の意味もあります。

本鐙には、同じく長寿や繁栄を意味する唐草文も全体に施され、より華やかな印象です。

蒔絵鐙

蒔絵鐙
蒔絵鐙
推定制作時代 江戸時代 作 者 -
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

「松」(まつ)は1年を通して緑の葉を茂らせているため、「不老不死」の象徴と考えられています。冬、雪が降っても霜が降りても葉の色が変わらないことから、「春まで待つ」との意味を持ち、長寿、「延命」と結び付けられているのです。

本鐙は、松の葉を意匠化し、「蒔絵」(まきえ)として施しました。蒔絵とは、漆工芸における代表的な装飾法で、漆で描いた文様の上に金や銀などの粉を蒔いて固める技法のこと。

「黒漆塗」(くろうるしぬり)の背景に、金の松が美しく映え、験の良さを感じさせるデザインとなっています。

道具の文様に込めた武士のこだわり

様々な場面で活用される道具をデザインした文様もたくさんあります。その中でも、ポピュラーな文様をピックアップしてご紹介。武士は、道具の持つ意味にもこだわって取り入れていたのです。

梯子

無銘 牡丹文真鍮象嵌鐙

無銘 牡丹文真鍮象嵌鐙
無銘 牡丹文真鍮象嵌鐙
推定制作時代 安土桃山時代 作 者 -
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

本鐙の外側全体に「真鍮象嵌」(しんちゅうぞうがん)で表現されている文様は、幸福や高貴を象徴する牡丹文ですが、ここで注目するのは、鐙上部の「紋板」にある7つの透かし彫。

これは「七段梯子」(ななだんはしご)と呼ばれる意匠で、梯子には、「高みへ登り詰める」という出世の象徴的な意味があり、鐙にも多く用いられました。

また、梯子は敵の城を攻める際、石垣を登るためにも使われます。武士にとっては、戦に欠かせない大切な道具でもあったのです。

梯子の文様には、11の透かし彫がされた「十一段梯子」(じゅういちだんはしご)などもあります。

加州住木坂氏則作 襷十字文銀象嵌鐙

加州住木坂氏則作 襷十字文銀象嵌鐙
加州住木坂氏則作 襷十字文銀象嵌鐙
推定制作時代 江戸時代 中期 作 者 加州住木坂氏則
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

「襷」(たすき)とは、仕事をするときに着物の袖をたくし上げるため、両肩から脇へ掛けて背中で斜め十字形になるよう結ぶ紐のこと。江戸時代には、実用的に使われていた襷ですが、もともとは神事奉仕の際、「物忌み」のしるしとして肩に掛ける、清められた植物繊維の紐を指しました。

物忌みとは、一定期間食事や日常の行動を慎んで穢れ(けがれ)を避けることで、これに用いられた襷には神聖さを意味する一面があったのです。それにより、襷の文様は縁起物として好まれたと考えられています。

本鐙の制作者である「木坂氏則」(きさかうじのり)は、銀象嵌を得意とした加賀国の金工だったとのこと。

「襷十字文」(たすきじゅうじもん)を鐙全体に整然と並べたデザインは、モダンな美しさを感じさせてくれます。

水車

加州住守方作 鉄錆地水車文真鍮銀象嵌鐙

加州住守方作 鉄錆地水車文真鍮銀象嵌鐙
加州住守方作 鉄錆地水車文真鍮銀象嵌鐙
推定制作時代 江戸時代 後期 作 者 加州住守方
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

「水車」と書いて「みずぐるま」と読みますが、「すいしゃ」のことです。

本鐙に表現されている水車は、回転する車輪の部分に、水を汲み上げる「柄杓」(ひしゃく)が付いています。この柄杓の形は「槌」(つち)に似ており、槌は杭(くい)を打つ道具であることから、「敵を討つ」に通じるとして、江戸時代初めより、鐙などの武具や武家の家紋にも使われた縁起の良い文様です。

水車の下には波頭(なみがしら)を描いた「波頭文」(はとうもん)も見えます。波は寄せては返しを繰り返し、終わりがないため、「永遠」、「長寿」、「誕生」の意味を持っています。

本鐙の制作者である「加州守方」(かしゅうもりかた)について、詳しくは分かっていません。しかし、銀象嵌の巧みな様子から、技量の高い金工であったと考えられています。

匠の技に感じ入るばかり

鐙に込められた意味の深さに興味は尽きません。また、そのデザイン性もすばらしく、現代の感覚で観ても斬新な構図や、洗練された緻密さには心を打たれます。

芸術的とも言えるこれらの鐙が、どんな場面で武士の足元を支えたのか、想像してみるのも面白いですね。

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