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刀剣ブログ 刀剣千華

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1対1の人気鍔比べ

1対1の人気鍔比べ

どんな世界でも、人気、実力共に二分するツートップが存在するとしたら、「どちらが本当のトップなのか」と比べてみたくなるのが人情と言うもの。日本刀(刀剣)の「鍔」(つば)の世界はどうでしょうか。
鍔は、刀装具の一部にとどまらず、独立した美術工芸品として現在も高い人気を誇っています。鍔の制作者である鍔工にも様々な流派があり、それぞれの作品には豊かな個性が表れ、技巧が凝らされているのです。
その中でも今回は、透かし彫で文様を表した「透鍔」(すかしつば)の生産地から、トップと目される「京都」と「尾張」を比較してご紹介。さらに、鍔愛好家からの人気が特に高い「信家鍔」(のぶいえつば)と「金家鍔」(かないえつば)も比べながらご紹介します。

透鍔の頂上決戦「京」vs「尾張」

京都を代表する透鍔として、「平安城透鍔」(へいあんじょうすかしつば)がエントリー。

一般的には「京透鍔」(きょうすかしつば)と呼ばれる作品で、透鍔の王者とも言われています。ここでは、通り名である京透鍔と呼ぶことにしましょう。

京透鍔の際立った特徴と言えば、洗練された京都の気風をそのまま鍔の上に表現したような、生き生きとした優美さにあります。品格の高さは、他の追随を許さないと言っても過言ではありません。京透鍔を制作した鍔工達は、鍔が実戦で活用されること以上に、透彫による美の表現に苦心し、努力を重ねた物と考えられています。

対する尾張からは、「尾張透鍔」(おわりすかしつば)がエントリー。

京透鍔と並ぶ、透鍔のツートップです。戦国時代、尾張国(おわりのくに)は隣国の美濃国(みののくに)と共に、いわゆる軍事工業地帯の一環として盛んに鍔の制作が行なわれました。この「ものづくり」の伝統は、現在の東海地方まで脈々と受け継がれていると言っても良いでしょう。

尾張透鍔の大きな魅力は、優秀な透かしの技術と、鍛錬(たんれん)の良さから生まれる「地鉄」(じがね)の錆色(さびいろ)にあります。その深みのある黒紫色は、鍔愛好家の心を掴んで離さないほどです。この地鉄の味わいを活かした鍔には、力強さが滲み出ています。

では、京透鍔と尾張透鍔とを比較して見てみましょう。

京透鍔_尾張透鍔

形・地鉄「京は繊細な磨地、尾張は豪気な槌目地」

京透鍔は、ほとんどが丸形です。中央の「茎穴」(なかごあな)は縦長で、形が整っています。鉄の鍛えは良く、地肌は平らに美しく磨き上げられた「磨地仕上げ」(みがきじしあげ)。地鉄の鉄骨が表れることはありません。

尾張透鍔も丸形や木瓜形(もっこうがた)が多く、京透鍔よりも大振りです。全体的に厚みがあり、文様の線や繋ぎ目も太く、重厚感があります。地肌は、槌の跡を残した荒目の「槌目仕上げ」(つちめしあげ)。おおむね紫色の鉄骨が表れています。

透彫の構図「絵画のように表す京、デザインする尾張」

京透鍔のほとんどは、構図が鍔全体に広がっていて、1枚の絵画を見るようです。精巧な技術で孔雀(くじゃく)や鶴、草花などの文様を残した「地透」(じすかし)の部分は、角が取れていて丸みを帯び、よりやわらかな印象を与えます。

尾張透鍔は、「耳」(みみ)から茎穴にかけて、少しずつ薄くなるよう施された細工が特徴的です。草花などを図案化した構図は上下左右が対称で、区分けされているようにも見えます。また、その透かし部分は角が立っていて、武骨なイメージです。

歴史「京は物好み、尾張は実戦第一」

京透鍔の起源は、足利6代将軍「足利義教」(あしかがよしのり)にあると言われています。義教は、京都の金閣寺を創立した足利3代将軍「足利義満」(あしかがよしみつ)の4男です。

義教が京透鍔の起源だということは、「室町家記」(むろまちかき)に「鍔を透す事は古来なし、足利義教将軍の物数寄にて始まる」(鍔を透彫にすることは昔から今まではなかったが、足利義教将軍の物好きによって始められた)と記されていることからも分かります。繊細優美な京透鍔の始まりが、将軍の物好きからとは意外です。

尾張透鍔が作られた年代は、室町時代後半期から安土桃山時代を経て、江戸時代初期の頃まで。前に述べましたように、戦国時代の尾張は、隣国美濃と共に武器の主要な生産地でした。つまり、戦国時代の需要に対応して実戦向けに作られた鍔であるため、強固で、力強いのが特徴となっている訳です。

良く鍛えられた黒紫色の鉄色は、日本刀(刀剣)を持つ武士にとって、ずいぶん心強い色合いだったことでしょう。

両者ゆずらぬ人気鍔「信家」vs「金家」

現代の鍔愛好家から、とりわけ高い人気を得ている鍔として、まず「信家鍔」(のぶいえつば)がエントリー。

信家を名乗る鍔工には、初代と2代があり、「織田信長」に仕えた初代も、「福島正則」(ふくしままさのり)に仕えた2代も、共に戦国時代の乱世を経験しているためでしょうか、信家の鍔には、自身の信仰と、背景にある厳しい思想までもが表現されています。その奥深い重厚さには、近寄り難いほどの貫禄があふれているのです。

信家鍔に対抗できる人気鍔として、「金家鍔」(かねいえつば)がエントリー。

一説には、信家鍔をしのぐほどの人気を博すとも言われています。その理由のひとつとして挙げられるのが、現代人から見ても親しみやすい洗練された感性。金家が鍔制作の拠点とした「山城国伏見」(やましろのくにふしみ)は、京都、大阪にも近い、当時最も先進的な新興地でもあり、新旧の世相を敏感に感じ取って、作品に反映することができたのです。

そんな両者の作品には、どのような違いがあるのでしょうか。

信家鍔_金家鍔

地鉄・色「鉄地オンリーの信家、変わり地鉄も見られる金家」

一世代ほど金家鍔よりも時代の古い信家鍔は、地金には鉄のみを使用しており、厚手で、頑丈な素朴さが漂っています。鍛えは良く、やや凹凸のある地肌に、艶めいた紫色の錆(さび)や鉄骨が現れるのが特徴です。

金家鍔にも鉄地は多いのですが、純粋な銅である「素銅」(すあか)や、銅と亜鉛の合金「真鍮」(しんちゅう)といった変わり地鉄も見られます。槌目肌の仕上げも、意識的に丁寧に細工されました。黒く艶のある「金家錆」(かないえさび)と呼ばれる錆色も見逃せません。

形・耳「信家の蹴鞠形、金家の拳形」

信家鍔の形は、「信家の木瓜形」(のぶいえのもっこうがた)、または「蹴鞠形」(けまりがた)と称されるやや縦長の丸形です。実戦に適するように、中心から外縁の耳にかけて少しずつ地肉を厚くし、角の立った「角耳」(かくみみ)や、川の土手のように少し高くした「土手耳」(どてみみ)などの工夫が施されています。

金家鍔は、「金家の拳形」(かないえのこぶしがた)と言われる楕円がかった丸形。作品のほとんどに、周辺を槌で叩いて折り曲げた「打ち返し耳」や、耳の部分だけを鋤き残した「鋤き残し耳」(すきのこしみみ)などの細工がなされ、耳の造形は信家鍔よりも目立って豪快です。

意匠「思想すら表現した信家、流行を取り入れた金家」

信家鍔は、鉄地に簡単な亀甲文(きっこうもん)や、唐草文(からくさもん)などを浅く「毛彫」(けぼり)し、その上に戦国時代の世相を表現する文字を文様として彫りました。文字には、南無阿弥陀仏、南無八幡大菩薩などの信仰を表す物や、生者必滅(しょうじゃひつめつ:生きている者は必ず死んで滅びること)、一心不乱といった思想を表す物が彫られ、鍔全体が豪壮な造形美を誇っています。

一方、金家鍔は薄目の地鉄に山水、人物、風景などを鋤き出し彫で浮かび上がらせ、絵画風に仕上げました。さらに、金銀真鍮などで精巧な象嵌を施した、いわゆる「奇麗寂」(きれいさび)の風情を表現。例えば、当時流行していた漢画(かんが)の手法を日本風に活かした楼閣山水は、「雪舟」(せっしゅう)や狩野派の始祖「狩野正信」(かのうまさのぶ)の名画にも似た風雅があり、見る人の胸に強く響きます。

トップを決めるのは、鑑賞者

ひとつ目の人気鍔比べでご紹介した京透鍔と尾張透鍔、そして、2つ目の信家鍔と金家鍔。それぞれの特徴を対比しながら述べてきましたが、いずれ劣らぬ傑作揃い。とても優劣を付けられる物ではありません。

これはやはり、鑑賞する人の好み次第で決めて頂きたいと思います。

日本刀(刀剣)の鍔は、帯びている武士本人からは見えず、相手に見せるための物でもあるのです。その意味でも鍔工達は腕の見せ所と考えて、気合を入れたのでしょう。実用品としても、美術品としても、数々の名品が生み出されたのにも頷けます。

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